VISIT

マドレーヌ・ラシビル 牡丹 油彩画

 

 

 

マドレーヌ・ラシビル|Madeleine Lasibille (1879–1968)

牡丹|Pivoines

制作年代|1909年
技法|油彩・キャンバス

サイズ|縦79.2 × 横60.7 cm
価格|¥380,000(税込)

 

 

 

 

 

 

 

大輪の牡丹を画面いっぱいに描いたマドレーヌ・ラシビルによる1909年の花卉静物画のご紹介です。

白を含んだ淡いピンクからローズ、赤、ほのかな紫まで幾重にも色を重ねながら描かれた牡丹は一輪ごとに異なる表情を見せています。

 

 

近づいて見るとその大胆な筆使いに驚きます。細部を均一に描き込むのではなく、絵具を置くような短い筆触を重ねることで複雑に折り重なる花弁の柔らかさと厚みを表現しています。

背景には褐色を基調とした細かな筆致が縦横に走り、まるで古い織物のような表情をつくっています。華やかな牡丹を暗い背景から浮かび上がらせることで花の明るさがいっそう際立っています。

そして花器からこぼれるように手前へ置かれた一輪の牡丹。このわずかな崩しによって端正な静物画の中に動きが生まれています。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

マドレーヌ・ラシビル(Madeleine Lasibille, 1879–1968)はフランス東部ブザンソンに生まれた女性画家です。

ブザンソン市の資料では同地の塗装業を営む家庭に生まれ、その後パリで絵画を学んだことが紹介されています。

師事したのは静物画家ウジェーヌ・クロード(Eugène Claude)にアカデミック絵画を代表するジュール・ルフェーヴル(Jules Lefebvre)、そしてトニー・ロベール=フルーリー(Tony Robert-Fleury)。

これはオルセー美術館が公開するSalonの出品者資料にも明記されています。また、ラシビルはSociété des Artistes français(フランス芸術家協会)の会員でもありました。

SalonではJambonやArgenterieといった静物画の出品記録が確認でき、1906年のSalonカタログにも彼女の名とUne hécatombeの出品が記録されています。

さらにブザンソン市の資料によれば20世紀初頭にはパリ、リヨン、ディジョン、ナンシー、ブレストなどのサロンで複数のメダルを獲得しており、特にこの時期に活発な制作・発表活動を行っていたことがわかります。

本作に記された1909年はまさにラシビルが各地のサロンで評価を得ていた時代と重なります。

ラシビルの作品についての記録が故郷ブザンソンに残されています。

Trophée de la Société Nautique de Besançon aux armes de la Ville de Besançonはラシビルに帰属する作品としてブザンソン市が所蔵し、さらにフランスのMonuments historiques(歴史的記念物)に登録されています。

公的なSalonへの出品、フランス芸術家協会への所属、各都市での受賞歴そして故郷ブザンソンに残る作品という記録からは20世紀初頭のフランスで名だたるアーティストと共に活動しちいた姿が浮かび上がります。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

師のジュール・ルフェーヴルとトニー・ロベール=フルーリーはいずれも当時のフランス・アカデミズムを代表する画家・教育者です。

ラシビルがこうした画家たちからパリで学んだという事実は彼女の確かな描写力の背景を考えるうえでも重要です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

この作品は牡丹を描きながら、ただ華やかで美しい一枚には終わっていません。

大輪の花にはたっぷりと絵具が使われ、その柔らかさとは対照的に背景は深い褐色。

そこへ濃い緑の葉と重厚な花器が加わり全体には落ち着いた空気が漂います。

そして約80cmという縦寸も非常に魅力的です。

小さな花の絵を添えるというより一枚の絵そのものがインテリアの主役に。

少し離れて眺めれば大きな牡丹の塊として華やかに。

近づけば1909年の筆跡や絵具の重なりまで楽しむことができます。

100年以上前に描かれた花が現代の住空間に彩りを加えてくれます。

HEATHでは、そんな時代を越えて空間の主役になれる絵画として、この一枚をご紹介いたします。