坂東敏雄 黒い子犬 リトグラフ
板東敏雄|Toshio Bando
《黒い仔犬》|Le Chiot noir
制作年代|1926–1930年頃
技法|絹にカラー版画、厚手の和紙に貼付
版元|Éditions Apollo, Paris
エディション|33/125
鉛筆サイン|画面右下
サイズ|横55.3 × 縦41.8 cm(額装)
価格|ASK

銀色を帯びた絹の上にぽつんと座る一匹の黒い仔犬。
丸みを帯びた身体やまだ大きな前脚には幼さが残る一方、こちらを振り返る眼差しにはどこか憂いがあり単なる愛らしい動物画とは異なる不思議な静けさを湛えています。
特に美しいのは黒一色に見える毛並みの表現です。顔、背、脚へと細かな濃淡を重ねることで黒の中から仔犬の柔らかな身体が浮かび上がります。

その背後で絹地が銀色の光を受け、見る位置によってわずかに表情を変える様子もこの作品ならではの魅力です。
板東が1920年代後半から1930年頃に手がけた動物版画は犬、猫、猿など身近な動物を主題としたもの。
本作はパリのÉditions Apolloから刊行された125部の一枚であり写真に見える”33/125″はそのエディション番号です。

板東敏雄(1895–1973)は徳島に生まれ、東京で藤島武二に学んだのち1922年に渡仏。
パリではすでに名声を得ていた藤田嗣治と親交を結びモンパルナスの藤田のアトリエを一時共有するほど近しい関係となりました。
藤田は板東を自身の画商ジョルジュ・シェロンやパリの芸術家たちに紹介し、板東もまたモンパルナスの芸術環境のなかで活動していきます。
油彩、パステル、版画を通して人物や静物、そして動物を繰り返し描きました。
とくに動物は板東にとって重要な主題のひとつで1920年代後半には動物を題材とする版画を制作しています。
現在、板東に関する資料はパリ市立チェルヌスキ美術館にも収蔵され同館には2011年の板東敏雄展の展覧会カタログも所蔵されています。
さらに2026年にはパリ市現代美術基金が所蔵する板東の作品4点がパリで公開され、そのなかには鳥や猫を描いた動物作品も含まれています。

板東敏雄を語るうえで藤田嗣治との関係は欠かすことができません。
1922年にパリへ渡った板東は藤田と出会い、藤田のドランブル通りのアトリエを数か月共有しました。
さらに興味深いのが本作を刊行したÉditions Apolloです。同社は板東だけでなく藤田嗣治や動物表現で知られるポール・ジューヴの版画も手がけた版元として知られています。
つまり本作は一匹の仔犬を描いた小さな版画でありながら、1920年代のパリで交差した日本人画家とフランス美術界、その空気を今に伝える一作でもあります。
この作品を選んだ理由は「かわいい犬の絵」だけでは終わらないところにあります。
少し寂しそうな眼差し、黒々とした身体、そしてその背後に広がる銀色の余白。愛らしさのなかにほんの少し孤独が混じっています。
そして絹という素材が受ける柔らかな光も美しい。
華美ではないのに壁に掛けると静かに存在感を持つ。
板東が暮らした1920年代のパリの洗練と日本人らしい余白への感覚が小さな画面の中で自然に重なっています。
坂東はHEATHにとって非常に重要な作家の一人です。