藤田嗣治 サンテ通りとパサージュ・プレヴォ リトグラフ
藤田嗣治|Léonard Tsuguharu Foujita(1886–1968)
サンテ通りとパサージュ・プレヴォ
Rue de la Santé et Passage Prévost
制作年代|1964年
技法|リトグラフ・紙
エディション|E.A.(Épreuve d’Artiste/作家保存版)
サイン|右下に鉛筆サイン
サイズ|横72 × 縦54.7 cm(額装)
価格|HOLD

猫や女性像の印象が強い藤田ですが彼はパリの街並みにも繰り返し眼差しを向けていました。
本作に描かれているのは華やかな大通りではなく、古い建物が肩を寄せ合うパリの一角。
サンテ通りと現在は失われたパサージュ・プレヴォ周辺の風景です。
黒の線で建物の輪郭や窓、煙突、街灯を細やかに拾いながら、ごく淡いブルーとグレーを使うことで、パリの香りまで紙の上に留めたような雰囲気があります。
通りに描き込まれた小さな人物もこの街をただの建築の記録ではなく人の暮らす場所として感じさせます。

藤田らしいのは線の多さにもかかわらず重くならないこと。
余白を残した紙面と繊細な描線には日本で培った線への感覚と長く暮らしたパリへの親密な眼差しが重なっているように思います。
藤田嗣治(1886–1968)は東京美術学校で西洋画を学び1913年に渡仏。
モンパルナスを中心に活動し、独自の乳白色の裸婦像や鋭敏な線描によってエコール・ド・パリを代表する画家のひとりとなりました。
藤田の公式カタログ・レゾネではその芸術について西洋と東洋という二つの文化を往還しながら独自の様式を築いたこと。
また絵画だけでなく素描や版画の技術を非常に重視していたことが紹介されています。

本作の素描はフランスのランス美術館(Musée des Beaux-Arts de Reims)に藤田によるRue de la Santé, étude(サンテ通り、習作)が所蔵されたおります。
同館の公式資料によればこの素描は1954年4月12日にサンテ通りを描いたもので鉛筆と水彩による作品です。
さらに同館には同じパサージュ・プレヴォを題材とした《Le passage》も所蔵されています。
つまり藤田にとってこの界隈は、たまたま選んだパリらしい景色ではなく、実際に歩き観察し、繰り返し作品へと残した場所だったことがわかります。
藤田が暮らした20世紀前半のモンパルナスにはピカソ、モディリアーニ、スーティンをはじめ世界各国の芸術家が集まりました。
藤田もその芸術家社会の中心で活動し日本人画家として国際的な評価を確立していきます。
しかし本作で描かれるのは、そうした華やかな芸術家たちの姿ではありません。
むしろ彼らが生きた時代の名もないパリの日常です。そこにこの作品の魅力があります。

藤田嗣治という名前から猫や少女、乳白色の裸婦を思い浮かべる方は多いと思います。
けれどHEATHでご紹介したかったのはもう少し静かな藤田です。
古びた壁、煙突、街灯、路地を歩く人。
観光名所ではないパリの一角を藤田は驚くほど丁寧に見つめています。
そして半世紀以上を経た今この作品を眺めると単なる街景以上に藤田が実際に見ていたパリの時間そのものが残されているように感じます。
著名な作家の作品でありながら名前の強さを前面に押し出さず、空間にすっと馴染むこと。
そして近づいて見れば一本一本の線から藤田らしさがきちんと現れてくること。
そんな控えめな作品もHEATHでは大切にしたいと考えています。