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リュシアン キンタール 午後の田園 油彩画

 

 

 

 

リュシアン・キンタール|Lucien Quintard

午後の田園|Après-midi à la campagne

制作年代|19世紀末頃
技法|油彩・キャンバス

サイズ|縦53.2 × 横71.7 cm
価格|¥480,000(税込)

 

 

 

 

 

 

 

 

大きな樹木が枝を広げその木陰では三羽の鶏が静かに草をついばむ。

奥には小さな農家が佇み、さらに遠くには教会と思われる尖塔がわずかに姿を覗かせています。

劇的な景色ではありません。

けれど、だからこそこの作品には、19世紀末のフランスの田園に流れていた時間そのものが閉じ込められているような魅力があります。

 

 

 

 

 

 

 

 

草原を近くで見ると緑一色ではなく黄、淡い紫、青緑、褐色、白などが細かな筆触で重ねられています。

遠目には穏やかな草原でありながら近づけば絵具そのものの動きが見えてくる。

この距離によって変わる表情も本作の楽しさのひとつです。

画面右側を大きく占める樹木も印象的です。太い幹から伸びる枝葉がまるで自然な額縁のように風景を包み込み、中央の農家へと視線を導いています。

そしてその足元に描かれた三羽の鶏が、風景画の中に物語を生み出しているように感じます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

リュシアン・キンタール(1849–1905)はフランス北東部ナンシーに生まれた画家です。

オルセー美術館の作家資料では本名を Lucien Charles Justin Quintard として登録されています。

ナンシーの市立素描学校で学び、のちにアール・ヌーヴォーを代表する芸術家のひとりとなるヴィクトール・プルーヴェと同時期に学びました。

トゥール市による2025年の回顧展資料ではキンタールをバルビゾン派の系譜に位置する風景画家とし、戸外で自然を観察しながらロレーヌ地方の光や大気の微妙な変化を捉えた作家として紹介しています。

また資料上ではテオドール・デヴィリーに学びエドモン・ヨン、エドモン・プティジャンにも師事したことが確認されています。

 

 

キンタールはロレーヌ地方だけでなくノルマンディーでも制作し1880年のナンシーのサロン、1887年のパリのサロンなどに出品。

リヴェルダンを好んで描きナンシー派の重要なパトロンであったウジェーヌ・コルバンとも親交を持っていました。

キンタールは近年大きく再評価が進んでいます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2025年4月26日から9月22日までフランスのMusée d’Art et d’Histoire Michel HachetでLucien Quintard (1849–1905) – Lumières et paysages d’un peintre oubliéと題した大規模な回顧展が開催されました。

約70点が集められ、個人蔵作品に加えてナンシー美術館、ロレーヌ歴史博物館などからも作品が貸し出されキンタールを本格的に再検証する展覧会となりました。

さらに展覧会カタログではナンシー美術館、ロレーヌ公宮殿・ロレーヌ博物館、メスのクール・ドール博物館、トゥール美術歴史博物館などの所蔵作品が紹介されています。

キンタールを語るうえで興味深いのが19世紀末から20世紀初頭のナンシーの芸術界との接点です。

同時代のナンシーにはエミール・ガレをはじめとする芸術家たちが集まり後のナンシー派へとつながる文化が形成されていました。

2025年の展覧会カタログでもキンタールはヴィクトール・プルーヴェの学友でありエミール・ガレ、ジュール・バスティアン=ルパージュ、ウジェーヌ・コルバンらと同時代のナンシー美術界に属した画家として位置づけられています。

特にコルバンとは実際に親交があったとする資料も残されています。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

この作品には和に通ずるものがあると考えます。

名所でもなんでもありません。

一本の大きな木があり、古い農家があり、草原には小さな花が咲き三羽の鶏が歩いている。

キンタールはそんな何気ない景色の中に美しさを捉えたのではないでしょうか。

 

とくに気に入っているのは草原の色彩です。

近づいて見ると驚くほど多くの色が置かれているのに離れると柔らかなひとつの緑へと纏まる。

そこに雰囲気のある木製の額が重なることで作品全体に深みが生まるように思います。

そして2025年にフランスで大規模な回顧展が開催されたことで約120年前に亡くなった画家の仕事がもう一度掘り起こされていることもこの作品をご紹介したいと思った理由のひとつです。

美術史の中心で繰り返し語られてきた。

実際に作品を目の前にするとなぜ残されてきたのかがわかる。

そんな作品です。